『私が彼を殺した』とは
『私が彼を殺した』は、東野圭吾による推理小説で、加賀恭一郎シリーズの第5作。1999年2月5日に講談社ノベルス版が刊行され、2002年3月15日に講談社文庫版として再版された。
この作品の最大の特徴は、物語が完結しても犯人が明らかにされない点にある。読者は与えられた情報を基に、自ら犯人を推理しなければならない。物語は3人の容疑者の視点による独白形式で進行。通常の推理小説であれば、手記などで意図的に事実を歪めて読者をミスリードすることも可能だが、本作では独白であるため嘘はつけない。しかし、どの事実を明かし、どの事実を伏せるかが物語の鍵となる。
この絶妙な情報開示のバランスが、本作の推理要素を際立たせている。ヒントが少なすぎれば推理は不可能になるが、多すぎれば物語の緊張感が失われる。その絶妙な調整が、東野圭吾ならではの手腕で描かれている。
読者は加賀刑事の捜査と3人の容疑者の独白を追いながら、自らの推理力を試されることになる。読後に誰が犯人なのかを議論したくなる、究極の「参加型」ミステリー。
『私が彼を殺した』の あらすじ
結婚式を控えた脚本家・穂高誠が、式当日に毒殺されるという衝撃的な事件が発生する。現場で毒物が発見されたことから、犯行は計画的に行われたことが明らかになる。さらに、事件の前日には穂高の元恋人・浪岡準子が同じ毒で服毒自殺を遂げており、彼女による無理心中が疑われた。しかし、捜査が進むにつれ、準子が穂高に毒を盛ることは不可能だったことが判明し、容疑者は3人に絞られる。
容疑者の1人目は、穂高の婚約者である神林美和子の兄・貴弘。彼は妹に特別な感情を抱いており、彼女が他の男と結婚することを強く拒んでいた。2人目は、穂高の共同経営者でマネージャーでもある駿河直之。準子を穂高に紹介したのは彼であり、彼女を自殺に追い込んだ穂高に強い憎悪を抱いていた。3人目は、美和子の担当編集者であり、かつて穂高と交際していた雪笹香織。彼女もまた、穂高に裏切られた過去を持ち、恨みを募らせていた。
捜査を担当するのは練馬署の加賀恭一郎刑事。加賀は緻密な聞き込みと観察を通して事件の真相に迫っていく。物語は3人の容疑者の独白を交互に描きながら進行し、それぞれの視点から事件当日の出来事が語られる。しかし、どの独白にも嘘はなく、犯行に関する情報をどの程度伏せるかが読者への挑戦となっている。
加賀の推理が明かされる最終章においても、真犯人は明確に示されることはない。穂高誠を殺害したのは、神林貴弘なのか、駿河直之なのか、雪笹香織なのか。それとも別の人物なのか――。最後の真相は、読者自身の推理に委ねられている。
『私が彼を殺した』は、読者に推理の楽しみを提供する、まさに究極のミステリー作品である。
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