『天使の耳』とは
『天使の耳』(てんしのみみ)は、東野圭吾による短編推理小説集。1992年に実業之日本社から『交通警察の夜』として刊行され、1995年には『天使の耳』と改題されて講談社文庫より発売された。
本作は、全6篇の短編から構成され、いずれも交通事故をテーマにしている。日常生活の中で発生する交通事故が、人々の運命にどのような波紋を広げていくのかを巧みに描き出しており、交通事故を軸にした謎解きと人間ドラマが見事に織り交ぜられている。特に、視覚障害を抱えた女性が「音」だけを頼りに兄の無実を証明する表題作「天使の耳」をはじめ、それぞれの短編が独特の緊張感と意外な結末を持ち、読み手を引き込む。
現実に起こりうる事故を題材にしたミステリーとして、真相が明らかになるまでの緊迫した展開と、事故の背後に隠された真実が浮かび上がる過程が読者を飽きさせない。
『天使の耳』の あらすじ
「天使の耳」
深夜の交差点で軽自動車と外車が衝突する交通事故が発生。軽自動車を運転していた御厨健三は命を落とし、外車に乗っていた友野和雄と畑山瑠美子は無事だった。友野たちは健三の信号無視を主張するが、軽自動車の同乗者であり視覚障害を抱える健三の妹・奈緒は、逆に外車側の信号無視を訴える。しかし、目が見えない奈緒の証言には疑問が投げかけられた。絶望の中、奈緒は「天使の耳」とも言うべき驚くべき聴覚を駆使し、兄の潔白を証明してみせた。
「分離帯」
雨上がりの高速道路でトラックがスリップし、中央分離帯を越えて対向車と衝突する事故が発生。トラックの運転手は死亡し、事故原因の特定は難航していた。しかし、目撃者の証言から、事故のきっかけは路上駐車していた外車が方向指示器を出さずに飛び出したことだと判明。交通課の世良は、亡き運転手の妻が高校時代の片思いの相手だったことから事件に強くのめり込む。外車の運転手を突き止めることで事故の真相に迫るが、そこには思いも寄らぬ真実が待ち受けていた。
「危険な若葉」
急ぎの用事を抱えた男が、初心者マークをつけた車を執拗に煽る。その結果、前方の車はガードレールに衝突し、追い越しを試みた男の車も追突してしまう。事故現場から逃げた男だったが、煽られた若葉マークの女性は記憶障害を訴える。しかし、この記憶障害には驚くべき裏があった。
「通りゃんせ」
雄二は狭い路上に車を駐車したが、翌朝見ると車には当て逃げされた傷が残されていた。諦めかけていたところ、当て逃げの犯人から修理代を払うと連絡が入る。不審に思った雄二が調べを進めると、当て逃げ犯の登場が予期せぬ恐ろしい出来事の引き金となる。
「捨てないで」
高速道路で高級車から捨てられた空き缶が後続車の助手席に座っていた女性に当たり、彼女は失明する。失明した女性の婚約者は車種と空き缶を頼りに犯人を追い詰めようとするが、ついに見つけられなかった。しかし、この空き缶は皮肉にも持ち主に思わぬ形で罰を下すことになる。
「鏡の中で」
深夜、地元企業の陸上部コーチ・中野文貴が運転する車が交差点で原付バイクと接触事故を起こし、バイクの運転手が死亡。中野は全面的に自分の非を認めるが、現場の証拠やスリップ痕が不自然で、交通警察官の古川と織田は事件の背景に隠された真相に気づく。
日常で起こりうる交通事故を題材に、人間の運命が予期せぬ方向へ転がる様を描く連作短編集。それぞれの事故に隠された驚愕の事実と、謎が解き明かされる過程がスリリングな展開を見せる。
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