『秘密』とは
『秘密』は、東野圭吾による長編小説で、1998年9月に文藝春秋から刊行された。妻の意識が娘の体に宿るという衝撃的な設定を通じて、家族の絆と愛の深さを描いた本作は、1998年度のベストミステリーとして話題をさらい、東野圭吾の出世作となった。
本作は、第120回直木賞、第20回吉川英治文学新人賞、第52回日本推理作家協会賞(長編部門)の候補に選ばれ、最終的に日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞。デビュー以来大きなタイトルに恵まれていなかった東野が、作家としての地位を確立するきっかけとなった。
1999年には滝田洋二郎監督、広末涼子と小林薫主演で映画化。さらに2007年にはリュック・ベッソン制作のもと、デイヴィッド・ドゥカヴニー主演でリメイク版『秘密 THE SECRET』(原題:Si j’étais toi、The Secret)がアメリカとフランスで公開された(日本未公開)。その後、2010年には志田未来主演のテレビドラマが放送され、2017年には中国でウェブドラマ版が制作されるなど、国際的にも評価を受けている。
キャッチコピーは「運命は、愛する人を二度奪っていく」。
作品の背景
本作の原点は短編小説『さよなら「お父さん」』であったが、著者自身が出来に納得できず、長編として書き直した。その結果、感動的な物語へと昇華したという経緯がある。また、当初は「笑える小説」を目指して執筆したものの、結果的には「泣ける話」になったと、東野自身が語っている。
家族愛と喪失をテーマに、ミステリーの枠を超えて多くの読者の心を揺さぶった本作は、東野文学を語るうえで欠かせない一冊である。
『秘密』の あらすじ
杉田平介は自動車部品メーカーの技術者で、妻の直子と小学校5年生の娘、藻奈美と共に静かで幸せな日々を送っていた。しかし、ある日その平穏が突如として壊される。直子と藻奈美が乗ったスキーバスが運転手の居眠り運転によって崖から転落する事故に遭ったのだ。この事故で直子は命を落とし、藻奈美も一時は生還が絶望的とされたが、奇跡的に命を取り留める。
しかし、藻奈美が意識を取り戻したその瞬間、信じられない出来事が起こる。藻奈美の体に宿っていたのは、亡くなったはずの妻・直子の意識だったのだ。「私は直子なの」と語る娘の姿に、平介は大きな戸惑いを覚えるものの、周囲に秘密が知られることを避けながら新たな生活を始めることにした。
最初のうち、平介はこの奇妙な生活を楽しむ余裕さえ持っていた。だが、時間が経つにつれ、藻奈美の体で再び青春を過ごす直子の姿に嫉妬心が芽生え、夫婦関係は徐々にギクシャクし始める。さらに、事故を起こした運転手・梶川幸広の過去を追ううちに、事故の背後に潜む衝撃の事実が明らかになり、平介はある決断を迫られる。
そんな中、直子の意識だけが存在していたはずの藻奈美の体に変化が現れる。時折、藻奈美自身の意識が目覚めるようになったのだ。これにより、母と娘の意識が交互に現れるという不思議な状態に陥る。平介はこの新たな状況を受け入れ、奇妙ながらも幸せな日々を過ごすようになるが、藻奈美として目覚めている時間が次第に長くなり、直子としての時間が短くなっていくことに平介は不安を抱くようになる。
そして、藻奈美が完全に戻る日が訪れる。直子は最後に、自分が初めて平介とデートをした山下公園で別れを告げる。彼女は藻奈美の中で生き続けることを平介に伝え、平介もその秘密を守り続けることを誓う。
25歳になった藻奈美は、事故の運転手の息子である根岸文也との結婚を控えていた。平介は形見の懐中時計を修理するため訪れた時計店で、直子が遺した結婚指輪が新たな形で藻奈美に受け継がれたことを知る。そして新郎である文也を前に、自分の中の複雑な感情を抑えきれず涙を流すのだった。この物語が問いかける「秘密」とは、家族の愛と絆がもたらす深いテーマそのものである。
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