企業の決算書は、その会社の「成績表」のようなものです。
利益が出ているのか、赤字なのか、財務状況は健全なのか──
こうした情報は、投資家や株主、金融機関、取引先など多くの人が判断材料として利用しています。
しかし、決算書は企業自身が作成するものです。
もし数字をごまかしたり、都合の悪い事実を隠したりしていたら、外部の人はそれを見抜くことができません。
そこで重要になるのが会計監査です。
会計監査は、企業とは利害関係を持たない第三者が、決算書が正しく作られているかを専門的な立場からチェックする仕組みです。
上場企業や一定規模以上の会社では、この会計監査を受けることが法律で義務づけられています。
本記事では、「会計監査とは何か?」という基本から、どんな企業が対象になるのか、誰がどのような視点で監査を行っているのかまで、
監査の知識がまったくない方でも理解できるよう、順を追って解説していきます。
会計監査とは何か?
会計監査とは、企業が作成した決算書(財務諸表)が正しく作られているかどうかを、企業とは独立した第三者がチェックする仕組みのことです。
ここでいう第三者とは、主に監査法人や公認会計士を指します。
彼らは専門的な知識と法律に基づき、企業の会計処理や財務情報を客観的に検証します。
ポイントは、「経営者の説明をそのまま信じる」のではなく、証拠に基づいて確認するという点です。
● 会計監査で確認されるもの
会計監査では、次のような資料や情報がチェック対象になります。
- 貸借対照表・損益計算書などの決算書
- 取引の記録(帳簿・伝票)
- 契約書や請求書などの証憑書類
- 会計処理のルールが適切に守られているか
これらを通じて、「数字に大きな誤りはないか」「意図的な粉飾や不正が行われていないか」を確認していきます。
● 「正しい」とはどういう意味?
会計監査でいう「正しい」とは、1円単位まで完全に間違いがないという意味ではありません。
会計監査の目的は、
重要な誤りがなく、利用者が安心して判断できるかを確認することです。
そのため、会計監査では
- 重要性
- 合理性
- 社会的な影響
といった観点を重視して判断が行われます。
● 会計監査は「経営チェック」ではない
ここでよくある誤解として、「会計監査=経営判断の良し悪しを評価するもの」という考えがあります。
しかし、会計監査は
- 経営戦略が正しいか
- 利益を出しているか
を評価するものではありません。
あくまで、会計情報がルールに従って適切に表示されているかを確認するのが会計監査の役割です。
会計監査の目的と役割
会計監査の最大の目的は、企業の決算書に対する「信頼性」を確保することです。
企業の財務情報は、さまざまな立場の人が意思決定に利用します。
もし数字が不正確だったり、都合よく操作されていたりすれば、社会全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。
そのため、会計監査は単なる形式的なチェックではなく、企業と社会をつなぐ重要な役割を担っています。
① 投資家・株主を守るため
投資家や株主は、企業の決算書をもとに
「この会社に投資するべきか」
「株を持ち続けるべきか」
といった判断を行います。
会計監査が行われていなければ、企業が発表する数字をそのまま信じるしかありません。
第三者による会計監査があることで、投資家や株主は一定の信頼性が担保された情報をもとに判断できるようになります。
② 企業の信用力を高めるため
会計監査は、外部に対する信用の証明でもあります。
- 金融機関からの融資
- 取引先との契約
- 上場維持や新規上場
こうした場面では、
「この会社の数字は信頼できるのか」
が必ず問われます。
会計監査を受けている企業は、会計の透明性が一定水準以上あると評価されやすく、社会的な信用力の向上につながります。
③ 不正・誤りの抑止効果
会計監査には、不正やミスを未然に防ぐ効果もあります。
「どうせ監査でチェックされる」という意識があることで、
- 架空取引
- 粉飾決算
- 重大な会計ミス
が起こりにくくなります。
また、実際に監査の過程で問題点が見つかれば、早い段階で修正や改善につなげることも可能です。
● 会計監査は「社会の安心」を支えている
会計監査は、企業だけのための制度ではありません。
市場全体の健全性や、社会の安心・信頼を守るための仕組みとして、重要な役割を果たしています。
会計監査の対象となる企業
すべての企業が会計監査を受けなければならないわけではありません。
会計監査が法律上、義務づけられている企業と、任意で受けている企業があります。
ここでは、どのような企業が会計監査の対象になるのかを整理します。
● 上場企業は会計監査が必須
上場企業は、金融商品取引法により会計監査を受けることが義務とされています。
株式市場には多くの投資家が参加しており、その判断材料となる決算情報の信頼性は特に重要です。
そのため上場企業では、
- 決算書の作成
- 会計監査
- 監査報告書の公表
までがセットで求められています。
● 「大会社」は会社法上の会計監査が必要
上場していなくても、一定規模以上の会社は会社法に基づく会計監査の対象となります。
一般的に「大会社」と呼ばれる企業で、主な基準は次のとおりです。
- 資本金が5億円以上
- または負債総額が200億円以上
いずれかに該当すると、会社法監査(会計監査人の設置)が義務となります。
● 中小企業は原則として任意
多くの中小企業は、法律上、会計監査を受ける義務はありません。
ただし、次のようなケースでは任意で会計監査を導入する企業もあります。
- 金融機関からの信用力を高めたい
- 将来の上場を見据えて体制を整えたい
- グループ会社として親会社から求められている
会計監査はコストがかかる一方で、信頼性向上というメリットもあります。
● 会計監査の有無=会社の良し悪しではない
ここで注意したいのは、会計監査を受けていない=問題のある会社というわけではない点です。
規模や事業内容によって、必要なガバナンスの水準は異なります。
重要なのは、その会社にとって適切な仕組みが整っているかという視点です。
会計監査は誰が行うのか?
会計監査は、企業の内部の人間ではなく、独立した立場の専門家によって行われます。
その中心となるのが、監査法人と公認会計士です。
● 監査法人とは?
監査法人とは、複数の公認会計士が集まり、組織として監査業務を行う法人です。
上場企業や大規模な企業の会計監査は、個人ではなく、原則として監査法人が担当します。
監査法人には、
- 複数人によるチェック体制
- 長期にわたる監査対応力
- 専門分野ごとの役割分担
といった特徴があり、一人の判断に依存しない監査が可能になります。
● 公認会計士の立場と役割
公認会計士は、会計・監査の専門知識を持つ国家資格者です。
会計監査では、
- 実際の監査手続きを行う
- 判断の妥当性を検討する
- 監査意見を形成する
といった中心的な役割を担います。
監査法人に所属していても、最終的な判断には公認会計士としての責任が伴います。
● なぜ「独立性」が重要なのか
会計監査で最も重視される原則のひとつが、独立性です。
もし監査する側が、
- 企業の経営に深く関与している
- 報酬や人間関係で強く影響を受けている
状態であれば、客観的な判断はできません。
そのため、公認会計士や監査法人には、
- 企業との利害関係の制限
- 長期間同じ担当者にならない仕組み
など、独立性を守るためのルールが設けられています。
● 「企業の味方」ではなく「社会のための監査」
監査法人や公認会計士は、企業のために都合のよい判断をする存在ではありません。
会計監査は、投資家や社会全体に対して責任を負う仕事です。
そのため、ときには経営者にとって厳しい指摘を行うこともあります。
会計監査では何をチェックしている?
会計監査というと、「決算書をざっと眺めて終わり」というイメージを持たれがちですが、
実際にはもっと多角的に確認が行われます。
監査では、数字の裏付けとなる証拠を重視しながら、会計情報が適切に作成されているかを検証します。
● 決算書(財務諸表)のチェック
まず中心となるのが、決算書(財務諸表)の確認です。
具体的には、
- 貸借対照表
- 損益計算書
- キャッシュ・フロー計算書
- 注記(補足説明)
などを対象に、表示内容が会計基準に沿っているかを確認します。
● 取引の実在性と正確性の確認
決算書に書かれている数字が、実際の取引に基づいているかも重要なチェックポイントです。
そのため監査では、
- 帳簿や仕訳の内容
- 請求書・契約書・領収書などの証憑
- 銀行口座の入出金記録
などを突き合わせて確認します。
「売上は本当に存在しているか」
「架空取引が混ざっていないか」
といった視点で検証が行われます。
● 会計ルールが守られているか
企業には、会計基準や社内ルールに従って処理する義務があります。
監査では、
- 売上や費用の計上時期は適切か
- 資産や負債の評価方法は妥当か
- 継続して同じルールが使われているか
といった点もチェックされます。
● 内部統制との関係
会計監査では、企業の内部統制(業務や会計のチェック体制)にも一定の注意が払われます。
内部統制が整っていれば、個々の取引に不正や誤りが起こりにくくなるためです。
ただし、内部統制そのものを詳細に評価するのは、別の制度や監査の領域になります。
● 「すべてを調べる」わけではない
会計監査では、すべての取引を一件ずつ確認するわけではありません。
重要性やリスクを踏まえ、重点的にチェックする部分を選ぶのが一般的です。
そのため監査は、
「合理的な範囲で信頼性を確保する仕組み」
と理解するとよいでしょう。
会計監査の流れ(ざっくり全体像)
会計監査は、決算期の直前に突然行われるものではありません。
通常は、1年間を通じて計画的に実施されます。
ここでは、会計監査のおおまかな流れを整理します。
① 監査契約の締結
まず、企業と監査法人(または公認会計士)の間で監査契約が結ばれます。
この段階で、
- 監査の範囲
- 監査期間
- 報酬
- 独立性の確認
などが明確にされます。
② 監査計画の策定
次に、監査法人が監査計画を立てます。
- 企業の事業内容
- 過去の問題点
- 不正やミスが起こりやすい領域
などを分析し、どこを重点的に確認するかを決めます。
③ 期中監査
決算期の途中で行われるのが期中監査です。
この段階では、
- 日常的な会計処理の状況
- 内部統制の運用状況
- 大きな取引の有無
などを確認します。
問題があれば、期末を待たずに改善を促すこともあります。
④ 期末監査
決算期終了後に行われるのが期末監査です。
ここで、
- 決算書の最終チェック
- 重要な取引の確認
- 数字の整合性の検証
などが集中的に行われます。
⑤ 監査報告書の提出
すべての監査手続きが終わると、監査法人は監査報告書を作成します。
この報告書には、
- 決算書が適正かどうか
- 問題点がないか
といった監査意見が示されます。
上場企業では、この監査報告書が公表されます。
● 会計監査は「企業との対話」でもある
会計監査は、単なるチェック作業ではありません。
監査の過程では、企業とのやり取りや説明が何度も行われます。
その中で、
- 会計処理の改善
- ルールの見直し
につながるケースも多くあります。
会計監査と他の監査との違い
「監査」と一口に言っても、実際にはいくつかの種類があります。
ここでは、会計監査と混同されやすい内部監査・監査役監査との違いを整理します。
● 会計監査と内部監査の違い
| 会計監査 | 内部監査 | |
|---|---|---|
| 実施する人 | 監査法人・公認会計士 | 会社内部の担当者 |
| 立場 | 外部の第三者 | 会社の内部 |
| 主な目的 | 決算書の信頼性確保 | 業務の改善・リスク管理 |
| 法的義務 | 企業規模により義務 | 原則任意 |
内部監査は、企業内部の立場から業務の効率性やルール遵守をチェックします。
一方、会計監査は、外部の第三者として財務情報の信頼性を確認する点が大きな違いです。
● 会計監査と監査役監査の違い
| 会計監査 | 監査役監査 | |
|---|---|---|
| 実施主体 | 監査法人・公認会計士 | 監査役(会社の機関) |
| 主な対象 | 会計・財務情報 | 経営全般・業務執行 |
| 立場 | 外部 | 内部(会社機関) |
監査役監査では、経営者の業務執行が適正かどうかを中心にチェックします。
会計監査は、その中でも特に会計・財務に特化した監査といえます。
● それぞれの監査は役割分担している
会計監査・内部監査・監査役監査は、どれか一つで十分というものではありません。
それぞれが役割を分担しながら、
- 不正の防止
- 組織の健全性
- 社会的信用の確保
を支えています。
会計監査があることで企業はどう変わる?
会計監査は、
「法律で決まっているから仕方なく受けるもの」
と思われがちですが、実際には企業にさまざまな影響を与えます。
ここでは、会計監査が企業にもたらす変化を見ていきましょう。
● 経営の透明性が高まる
会計監査を受けることで、会計処理や数字の根拠を第三者に説明できる状態を保つ必要が生まれます。
その結果、
- 曖昧な処理が減る
- ルールが明確になる
- 記録が丁寧になる
といった変化が起こり、経営の透明性が高まります。
● 社会的信用が向上する
会計監査を受けているという事実は、対外的な信用材料になります。
- 金融機関からの評価
- 取引先との信頼関係
- 投資家からの安心感
こうした面で、企業の評価がプラスに働くケースは少なくありません。
● 不正やミスが起きにくくなる
定期的に外部からチェックされることで、不正や重大なミスが起こりにくくなります。
また、
「問題があればいずれ見つかる」
という意識が働くことで、抑止効果も生まれます。
● 経営者の意識も変わる
会計監査を通じて、経営者自身が数字や仕組みにより注意を払うようになることも多いです。
結果として、
- 経営判断の質が上がる
- リスク管理が強化される
といった好循環につながります。
● コストとのバランスは重要
一方で、会計監査には時間や費用といったコストもかかります。
そのため、企業の規模や成長段階に応じて、必要性を見極める視点も欠かせません。
会計監査はどんな人・企業にとって重要?
会計監査は、監査を受ける企業だけのための制度ではありません。
さまざまな立場の人にとって、重要な意味を持っています。
● 投資家・株主にとって
投資家や株主にとって、企業の決算書は意思決定の基礎となる情報です。
会計監査があることで、
- 数字の信頼性が高まる
- 不正リスクをある程度織り込める
- 判断材料として使いやすくなる
といったメリットがあります。
● 金融機関・取引先にとって
金融機関や取引先も、企業の財務状況を重視します。
会計監査を受けている企業は、経営管理が一定水準以上で行われていると評価されやすくなります。
結果として、
- 融資判断
- 取引条件
に影響することもあります。
● 企業の経営者にとって
経営者にとって会計監査は、プレッシャーである一方、経営を客観的に見直す機会にもなります。
- 会計処理の弱点に気づく
- 内部体制を整えるきっかけになる
といった点で、長期的には経営の安定につながります。
● 成長を目指す企業にとって
将来的に、
- 上場を目指す
- 事業規模を拡大する
といった企業にとって、会計監査は避けて通れないテーマです。
早い段階から意識しておくことで、後の負担を軽減できる場合もあります。
● 会計監査は「一部の大企業だけの話」ではない
会計監査は、特定の企業だけの制度ではなく、社会全体の信頼を支える仕組みです。
立場によって見え方は違いますが、多くの人に関係している点は共通しています。
まとめ|会計監査は「信頼」を支える仕組み
会計監査は、企業が作成した決算書が信頼できるものかどうかを第三者が確認する仕組みです。
上場企業や一定規模以上の会社では法律上の義務とされていますが、その本質は「義務だから行う」ものではありません。
会計監査があることで、
- 投資家や株主が安心して判断できる
- 企業の信用力や透明性が高まる
- 不正や重大なミスを防ぎやすくなる
といった効果が生まれます。
また、経営者にとっても、会計監査は経営を客観的に見直す機会となり、長期的な成長や安定につながります。
会計監査は、企業と社会をつなぐ「信頼のインフラ」ともいえる存在です。
他の監査制度とあわせて理解することで、企業ガバナンス全体の姿がより立体的に見えてくるでしょう。



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