「海抜○メートル」「標高○メートル」などという言葉を耳にしますが、そもそも“海抜”とは何を基準に測っているのでしょうか?
また、海面は常に変動しているのに、どうやって高さの基準を決めているのか疑問に思う人も多いはずです。
さらに、日本とは違う基準を使う国があるほか、海に面していない内陸国はどうしているのかなど、世界を見渡すとその仕組みは意外と複雑。
本記事では、海抜の基本から平均海水面の決め方、各国の高さ基準の違いまで、わかりやすく丁寧に解説します。
🗻 海抜とは?|いちばん基本となる高さの基準
海抜(かいばつ)とは、海面(平均海水面)を基準にして測った高さのことです。
海抜0mは「海と同じ高さ」、海抜100mは「海より100m高い場所」を意味します。
日常でも地図・山の高さ・災害リスクの説明など、さまざまな場面で使われており、日本の標高表示のほとんどはこの“海抜”を基準にしています。
ただし、基準となる海面は常に上下しているため、実際には「平均海水面(MSL:Mean Sea Level)」という長期間の観測データから算出された高さが基準として採用されています。
これにより、国全体で統一された「高さのものさし」を持つことができるのです。
🧭 標高と海抜の違い|日常では同じ意味だが厳密には異なる場合も
「標高」と「海抜」は、普段の生活ではほぼ同じ意味で使われています。
どちらも “平均海水面を基準にした高さ” を表すため、地図や観光案内、山の高さの説明などでは区別されません。
しかし、測量や地理学の世界では、両者が区別されることがあります。
- 標高(Elevation)
→ 平均海水面(MSL)を基準に測った地表の高さ。 - 海抜(Height above sea level)
→ 実質的には標高と同義だが、地形の説明や一般用語として使われることが多い。
また、GPSで表示される「高さ」は、海抜とも標高とも異なる「楕円体高」(地球のモデルとなる楕円体を基準とした高さ)であり、表示の違いに戸惑う人も少なくありません。
つまり結論は、
日常では同じと思って問題ないが、専門の測量では基準面の違いから区別されることもある。
というイメージです。
🌊 平均海水面はどう決まる?|誰がどのように決めているのか
海面は、潮の満ち引き・気圧・気温・季節・海流などの影響で、1日のうちでも大きく上下します。
では、その常に変動している海面を高さの基準(0m)としてどう決めているのでしょうか?
実は平均海水面(MSL:Mean Sea Level)は、国の機関が長期間にわたる観測データを統計処理して算出した“平均値”です。
🔹 1. 国の観測機関が潮位を常時測定する
日本では、国土地理院や気象庁が全国の観測所で潮位を継続観測しています。
海面は常に揺れ動くため、短期の観測では平均値が安定しません。
そのため 数年〜数十年のデータをとり続け、変動を平滑化します。
🔹 2. 長期データから“平均”を計算し、基準面を決定
観測された膨大な潮位データを解析し、
- 潮汐
- 気圧
- 気象変動
- 海流
などの影響を含めたうえで、最も安定した“平均海水面”を計算します。
🔹 3. 日本では「東京湾平均海面(T.P.)」を採用
この平均海水面を標高の基準にするのですが、
日本の場合は東京湾で長期観測された平均海水面=T.P.(Tokyo Peil)が全国共通の高さ基準になっています。
つまり、日本の山の標高、川の水位、道路の高さなどすべては、東京湾の平均海水面を0mとして測られているということです。
🌍 日本以外の国の高さ基準|“海抜0m”は世界共通ではない
「海抜0m」というと世界共通の基準があるように思えますが、実はそうではありません。
海水面は地球上どこでも同じ高さではなく、重力の分布や海流などの影響で 地域ごとに数十cm〜1m以上の差 があります。
そのため、多くの国は自国の沿岸で観測した平均海水面を高さの基準(基準面)として採用しており、国によって標高の“ゼロ地点”は異なります。
🔹 アメリカ:NAVD88(North American Vertical Datum 1988)
複数の潮位観測所のデータを基に作られた統一基準。
現在はGPSと地球楕円体を利用した新基準への移行も進行中。
🔹 イギリス:ODN(Ordnance Datum Newlyn)
コーンウォール州ニューリン港で 6年間の潮位観測 を行い、その平均海面を基準に採用。
🔹 ドイツ:NHN(Normalhöhennull)
北海の潮位観測に基づいて作られた全国統一基準。
ヨーロッパ全体の高さ基準(EVRS)との整合性も考慮。
🔹 フランス:マルセイユ基準
マルセイユ港で約100年前から潮位観測を実施。
その長期平均を国内の標高の基準に使用。
🔹 その他の国
オーストラリア、中国、インドなども、自国の港で観測した潮位の平均を標高0mとして採用しています。
🌐 世界に統一された「海抜0m」がない理由
- 海面は地域ごとに高さが違う(重力・海流・気象による差)
- 観測期間・方法も国によって違う
- 歴史的に国ごとに独自の測量体系が築かれてきた
このため、国際的に完全統一された高さ基準は存在していません。
🏞️ 海に面していない内陸国はどうしている?
海のない内陸国にも、山や川、建築物の高さを示すために 標高の基準(0m) が必要です。
では、海に面していない国はどうやって“海抜”を決めているのでしょうか?
その答えはとてもシンプルで、
隣接する国の海抜基準(平均海水面の基準値)を陸路で引き継いで使用する
という方法をとっています。
🔹 1. 隣国の基準点(海抜0m)を共有
内陸国は国境を越える「水準点ネットワーク」を利用し、隣国の高さ基準を自国へ延長します。
これは国際的な測量の取り決めに基づくものです。
🔹 2. 国内に基準網を展開して全国へ広げる
受け取った基準点をもとに、自国内に新たな水準点を整備し、全国の高さを統一した基準で測れるようにします。
🔹 内陸国の具体例
- スイス:かつてフランスのマルセイユ基準を採用し、現在はEVRS(欧州高度基準網)に参加。
- オーストリア:ドイツのNHN(北海を基準とした標高基準)を継承。
- ネパール:インドのムンバイ港の平均海水面を基準に採用。
- チェコ:北海基準(ドイツ経由)を利用し、EUの統一基準と整合。
つまり、海がなくても、海の高さを基準にした“海抜体系”を持つことができるわけです。
🛰️ 近年の潮流:衛星測位とジオイドによる“世界共通基準”へ
これまで標高は、各国がそれぞれの平均海水面(MSL)を基準として決めてきました。
しかし最近は、衛星技術の発展により、「海の高さに頼らない新しい高さ基準」 が注目されています。
その中心となるのが、次の2つの考え方です。
🔹 1. GNSS(GPSなど)による高度測定
衛星測位システム(GNSS)は、地球をとりまく衛星から距離を測ることで高さを求めます。
ただし、この高さは 海面ではなく「地球楕円体」 が基準となるため、海抜の高さとは一致しません。
そこで必要なのが次の概念です。
🔹 2. ジオイド(Geoid)という“重力から決まる海面の形”
ジオイドとは、
地球の重力と自転の影響だけで決まる、仮想的な“海水面”の形
のことです。
実際の海面は場所によって高さが違いますが、ジオイドは理論上の“均一な海面”を表すため、世界で共通の高さ基準として利用できる可能性があります。
🔹 3. 世界共通の高さ基準への取り組み
アメリカやヨーロッパでは、すでに
- GNSS高度(楕円体高)
- ジオイドモデル
を組み合わせた新しい標高体系への移行が始まっています。
これにより、
- 国ごとの基準値の違いを解消
- 内陸国と沿岸国で同じ高さ基準を使用可能
- 測量の効率化
- 国際的な地図比較が容易に
といったメリットが期待されています。
標高の世界は、今まさに“海の高さ”から“地球そのものの形”を基準とする時代へ移行しつつあるのです。
❓ FAQ(よくある質問)
Q1. 海抜と標高はどう違うの?
A. 日常的にはどちらも「平均海水面を基準にした高さ」でほぼ同じ意味です。
ただし測量の専門分野では、使う基準面(ジオイドや楕円体など)の違いから、厳密に区別されることがあります。
Q2. 海抜0mって世界共通じゃないの?
A. 共通ではありません。
国によって基準とする平均海水面が異なり、観測期間や方法も違うため、各国が独自の標高基準を持っています。
Q3. GPSで表示される“高さ”は海抜と同じ?
A. 違います。
GPSの高さは「地球楕円体」を基準にした“楕円体高”であり、海抜(平均海水面基準)とは別物です。
そのため、実際の地図の標高とGPSの高さがずれることがあります。
Q4. 海に面していない国はどうやって海抜を決めるの?
A. 隣国の標高基準を“陸路で延長”して引き継いでいます。
国際的な水準点ネットワークを使い、内陸国でも海抜体系を構築できます。
Q5. 平均海水面を基準にする理由は?
A. 海は地球全体で比較的安定しているため、標高を測る共通の基準として最も適しています。
また、歴史的に海面観測が測量の基盤だったことも理由のひとつです。
📚 まとめ
海抜は海面を基準にした高さであり、日本では東京湾の平均海水面が全国共通のゼロ地点として使われています。
しかし世界に目を向けると、国ごとに高さの基準が異なり、内陸国は隣国の基準を引き継ぐなど、意外と複雑な仕組みで成り立っています。
これらはすべて、地形を正しく把握し、安全な社会をつくるための大切な基盤です。
今回の内容を知っておくと、地図を見る時や災害情報をチェックする時、さらには海外旅行で標高を意識する場面など、日常のさまざまな気づきにつながります。
「高さの基準」を理解しておくことは、自分の暮らしを守る知識にもなります。
ぜひこれを機に、身近な地形や土地の特徴にも目を向けてみてください。



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