「法人」と聞くと、どこかきちんと管理された安全な組織というイメージを持つ人は多いかもしれません。
株式会社であれ、NPO法人であれ、社会福祉法人や学校法人であれ、
「組織として成り立っている以上、不正なんて起きにくいはず」と考えてしまいがちです。
しかし現実には、営利・非営利を問わず、法人による不正や不祥事は繰り返し発覚しています。
その多くは、「特別に悪い人がいたから」起きたわけではありません。
実は、不正の原因は人よりも仕組みにあります。
権限が一部に集中していたり、チェックする立場の人が機能していなかったり、
「見られていない」「止められない」環境が整ってしまうことで、どんな法人でも不正が起き得るのです。
そこで重要になるのが、ガバナンス(法人統治)と監査という考え方です。
本記事では、
- なぜ法人で不正が起きるのか
- 不正が起きやすい法人にはどんな特徴があるのか
- ガバナンスとは何を指し、どんな役割を持つのか
- なぜ監査が欠かせない仕組みなのか
といった点を、全体像としてわかりやすく整理します。
それぞれのテーマについては、個別の記事でさらに詳しく解説していますので、
まずはこの記事で「法人の不正とガバナンスの基本」を押さえてください。
法人でも不正は起きるのが現実
法人というと、
「ルールが整っていて、個人よりも信用できる存在」
という印象を持たれがちです。
確かに、法人には定款や規程があり、役員や組織体制も定められています。
しかし、それだけで不正が防げるわけではありません。
実際には、法人だからこそ起きる不正も少なくないのが現実です。
● 「法人なら大丈夫」というよくある誤解
多くの人が、次のように考えてしまいます。
- 非営利法人だから、お金の不正は起きにくい
- 公的な性格を持つ法人だから、監督が行き届いている
- 複数人で運営しているから、誰かが止めるはず
ところが現実には、NPO法人・社会福祉法人・学校法人・公益法人などでも、横領や不正受給、虚偽報告といった問題が繰り返し発覚しています。
つまり、
「法人格の種類」や「営利・非営利」は、不正防止の決定打にはならない
ということです。
● 実際に問題になりやすい不正の種類
法人で多く見られる不正には、次のようなものがあります。
- 法人資金の横領・着服
- 補助金・助成金の不正受給
- 決算書や事業報告の虚偽記載
- 特定の関係者だけを優遇する取引
- 権限を利用した不当な人事や圧力
これらは、大企業だけでなく、小規模な法人や設立間もない法人でも起こります。
● 不正は「例外的な事件」ではない
ここで重要なのは、不正を「特殊な法人の失敗例」として捉えないことです。
多くのケースでは、
- 体制が未整備なまま法人化した
- 忙しさを理由にチェックを後回しにした
- 信頼関係に頼りすぎて仕組みを作らなかった
といった、ごくありふれた状況の積み重ねから不正が起きています。
つまり、不正は誰にでも起こり得る“構造的なリスク” なのです。
法人不正の多くは「人」ではなく「仕組み」の問題
法人で不正が起きると、つい「悪い人がいた」「モラルの低い役員がいた」といった個人の資質に原因を求めがちです。
もちろん、不正行為そのものを行ったのは人ですが、多くのケースでは、その人を止められない仕組みが存在していました。
つまり、不正の本質は「人の問題」よりも組織の設計や運用の問題にあります。
● 権限が一人に集中している
法人不正で最も多い構造が、権限と情報が特定の人物に集中している状態です。
たとえば、
- 設立者が代表者であり、実質的な最終決定者でもある
- 代表者が会計管理にも深く関与している
- 他の役員が形式的に名前を連ねているだけ
このような体制では、たとえ周囲が違和感を覚えても、「口出ししづらい」「確認できない」状況が生まれます。
結果として、チェックが働かないまま不正が継続してしまいます。
● チェック機能が形だけになっている
法人には本来、理事会・取締役会・監事・監査役など、不正を防ぐための仕組みが用意されています。
しかし実務では、
- 会議は報告を聞くだけで終わる
- 資料を十分に確認せず承認している
- 専門知識がなく、内容を理解できていない
といった状態になっていることも少なくありません。
制度があっても、運用されていなければ意味がないのです。
● 「信頼」に頼りすぎてしまう
特に小規模法人では、「仲間内だから」「今まで問題がなかったから」という理由で、厳格なチェックを省いてしまいがちです。
しかし、信頼と管理は別物です。
- 信頼しているからこそ、仕組みで守る
- 疑っているから監査する、という話ではない
この線引きができていない法人ほど、不正が起きたときのダメージは大きくなります。
● 不正は「悪意」より「隙」から生まれる
多くの不正事例を見ていくと、最初から大きな不正をしようとしていたわけではなく、
- 少額の流用
- 曖昧な経費処理
- 形式的な報告の省略
といった「小さなズレ」から始まることがほとんどです。
それを止める仕組みがなければ、ズレは次第に大きくなり、気づいたときには深刻な不正へと発展します。
不正が起きやすい法人に共通する特徴
法人不正は偶然起きるものではありません。
多くの事例を見ていくと、不正が起きやすい法人には共通する特徴があります。
ここでは詳細な解説には踏み込まず、「まず知っておくべきポイント」を整理します。
● 代表者に権限が集中している
最も典型的なのが、代表者がほぼすべてを決められる体制です。
- 資金の使い道を一人で決められる
- 契約や人事も実質的に代表者判断
- 異議を唱えにくい空気がある
この状態では、意図せずとも不正が入り込む余地が大きくなります。
● 理事会・取締役会が機能していない
形式上は会議体が存在していても、
- 開催頻度が少ない
- 議事録が形だけ
- 重要事項も追認で終わる
といったケースでは、実質的なチェック機能は働いていません。
「あること」と「機能していること」は別です。
● 会計と意思決定が分離されていない
- お金を使う人
- お金を管理・確認する人
この2つが同一、または実質的に同じ影響下にあると、不正は見えにくくなります。
特に小規模法人では、この分離ができていないことが多く見られます。
● 内部から声を上げにくい雰囲気がある
- 問題を指摘すると「空気が悪くなる」
- 上司や役員に逆らえない
- 告発した人が不利になる前例がある
このような環境では、不正の芽があっても表に出てきません。
● 外部の目がほとんど入っていない
- 外部監査がない
- 第三者のチェックを受けていない
- 情報公開が最低限にとどまっている
閉じた組織ほど、不正は長期間見逃されやすくなります。
ガバナンスとは何か?(法人統治の考え方)
不正を防ぐための話になると、
「ルールを厳しくすればいい」
「罰則を強化すればいい」
と思われがちです。
しかし、それだけでは根本的な解決にはなりません。
そこで重要になるのが、ガバナンス(corporate governance)という考え方です。
● ガバナンスとは「法人をどう統治するか」
ガバナンスとは、簡単に言えば 法人が健全に運営されるように管理・統制する仕組み を指します。
ポイントは、
- 誰が意思決定をするのか
- その決定を誰がチェックするのか
- 問題が起きたとき、誰が止められるのか
といった、権限と責任の配置にあります。
ガバナンスは、「悪いことをした人を罰する仕組み」ではなく、悪いことが起きにくい環境をつくる仕組みです。
● コンプライアンスとの違い
ガバナンスと混同されやすい言葉に、コンプライアンスがあります。
- コンプライアンス:法令や規則を守ること
- ガバナンス:法人全体を健全に動かすための統治の枠組み
コンプライアンスは「守る内容」であり、ガバナンスは「守らせる仕組み」と言えます。
この2つはセットで考える必要があります。
● なぜガバナンスが弱くなりがちなのか
特に日本の法人では、ガバナンスが形式的になりやすい傾向があります。
- 人間関係を重視しすぎる
- 役職者に遠慮して意見が出にくい
- 「今まで問題がなかった」という安心感
こうした文化的背景もあり、仕組みがあっても使われないケースが少なくありません。
● ガバナンスは「信頼を補強する仕組み」
ガバナンスは、人を疑うための制度ではありません。
- 信頼しているからこそ、仕組みで守る
- トラブルが起きたときに、個人を守る
そのための保険のような存在です。
ガバナンスが機能している法人ほど、結果的に外部からの信頼も高まり、長く安定して活動を続けることができます。
監査はなぜ必要なのか?
ガバナンスを機能させるうえで、欠かすことのできない仕組みが監査です。
「監査」と聞くと、堅苦しく、形式的なチェックを想像する人も多いかもしれません。
しかし実際には、監査は法人を守るための重要な役割を担っています。
● 監査の役割は「見張り」ではない
監査というと、「不正を探し出すためのもの」「粗探しをするもの」というイメージを持たれがちです。
けれども、本来の監査の目的は、
- 不正やミスを早期に発見する
- 組織の運営が適切に行われているか確認する
- 問題が大きくなる前に軌道修正する
といった、予防と抑止にあります。
つまり、監査は「疑うための仕組み」ではなく、安心して法人を運営するための仕組みです。
● 会計監査と業務監査の違い
監査には、大きく分けて次の2つがあります。
- 会計監査
お金の流れや帳簿が正しく処理されているかを確認する - 業務監査
法人の運営や意思決定が適切に行われているかを確認する
会計だけが正しくても、運営の仕方に問題があれば、不正は起き得ます。
そのため、お金と業務の両面を見ることが重要です。
● 監査があるだけでは不正は防げない
ここで注意したいのは、「監査がある=不正が起きない」わけではない、という点です。
- 監査が形だけになっている
- 専門知識がなく実質的なチェックができていない
- 指摘事項が改善されない
このような状態では、監査は十分な役割を果たせません。
大切なのは、監査が機能しているかどうかです。
● それでも監査が必要な理由
監査には、不正を完全にゼロにする力はありません。
それでも必要とされる理由は明確です。
- 不正のハードルを上げる
- 早期発見につながる
- 法人の透明性を高める
- 外部からの信頼を確保できる
監査があることで、「見られている」「説明が必要」という意識が生まれ、結果として不正が起きにくくなります。
法人の種類によって不正リスクはどう違う?
法人で起きる不正は、「どの法人格か」によって傾向が異なります。
ここでは、代表的な法人の種類ごとに、起きやすい不正の傾向と注意点を整理します。
※ あくまで一般的な傾向であり、すべての法人に当てはまるわけではありません。
● 株式会社
🔶 特徴
- 営利目的
- 資金規模が大きくなりやすい
- 取締役に権限が集中しやすい
🔶 起きやすい不正
- 粉飾決算
- 横領・背任
- 利益供与や不透明な取引
🔶 注意点
- 取締役会・監査役が機能しているか
- 経営判断の透明性があるか
● NPO法人
🔶 特徴
- 非営利目的
- 小規模で人手が限られるケースが多い
🔶 起きやすい不正
- 寄付金・助成金の流用
- 補助金の不正受給
- 会計処理のずさんさ
🔶 注意点
- 会計管理体制が整っているか
- 代表者に業務が集中しすぎていないか
● 社会福祉法人
🔶 特徴
- 公費・補助金が多く関与
- 公的性格が強い
🔶 起きやすい不正
- 補助金・委託費の不正使用
- 施設運営費の横領
- 親族・関係者への利益供与
🔶 注意点
- 外部監査・第三者評価が機能しているか
- 情報公開が十分か
● 学校法人
🔶 特徴
- 教育機関を運営
- 長期間にわたる組織運営
🔶 起きやすい不正
- 資金の私的流用
- 決算の粉飾
- 人事に関する不正
🔶 注意点
- 理事会の独立性
- 経営状況の開示姿勢
● 公益法人(公益社団・公益財団)
🔶 特徴
- 公益性が求められる
- 社会的信頼が高い
🔶 起きやすい不正
- 公益目的を逸脱した資金使用
- 実態のない事業報告
- 特定関係者への便宜供与
🔶 注意点
- 公益性のチェックが機能しているか
- 行政監督だけに頼っていないか
不正を防ぐために最低限押さえたい視点
ここまで見てきたように、法人不正は特定の法人格や一部の悪質な組織だけの問題ではありません。
不正を完全にゼロにすることは難しくても、起きにくくすること、早く気づくことは可能です。
そのために、最低限意識しておきたい視点を整理します。
● 「制度があるか」より「機能しているか」
- 理事会や取締役会が存在するか
- 監査役や監事が置かれているか
これらがあるだけで安心してしまいがちですが、本当に重要なのは実際に機能しているかどうかです。
形式的な制度は、不正を防ぐ力をほとんど持ちません。
● 権限とチェックを分ける
不正を防ぐ基本は、権限の集中を避けることです。
- 決める人
- 実行する人
- 確認する人
この役割が分かれているかどうかで、リスクは大きく変わります。
小規模法人であっても、意識次第で分離できる部分はあります。
● 「信頼」と「管理」を混同しない
信頼しているから管理しない、という考え方は危険です。
- 信頼しているからこそ、記録を残す
- 信頼しているからこそ、第三者の目を入れる
この発想が、結果的に法人と関係者の双方を守ります。
● 外部の視点を取り入れる
閉じた組織ほど、問題に気づきにくくなります。
- 外部監査
- 第三者評価
- 情報公開
外の目が入ることで、組織は健全さを保ちやすくなります。
● 不正は「起きてから考える」ものではない
多くの法人で見られるのが、問題が起きてから慌てて対応するケースです。
本来、不正対策は平時に考えておくべきリスク管理です。
小さな違和感を放置しない体制が、大きな不正を防ぎます。
まとめ|法人を理解するうえでの大切な考え方
法人で不正が起きるのは、特別な例外ではありません。
営利・非営利を問わず、仕組みが弱ければ、どんな法人でも不正は起こり得ます。
重要なのは、「誰が悪いか」を探すことではなく、不正が起きにくい構造をつくることです。
そのための柱が、
- ガバナンス(法人統治)
- 監査(チェックと抑止)
という仕組みです。
法人格の名前だけで安心せず、運営の中身や仕組みを見る視点を持つことが、法人を正しく理解する第一歩と言えるでしょう。






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