企業や団体の不祥事が報じられるたびに、必ずと言っていいほど登場する言葉があります。
それが 「ガバナンス」 です。
「ガバナンスが機能していなかった」
「ガバナンスの欠如が原因だ」
ニュースではよく聞くものの、実際にガバナンスとは何なのか、はっきり説明できる人は多くありません。
単なる「管理」なのでしょうか。
それとも「ルールを守らせること」なのでしょうか。
実は、ガバナンスとは組織が暴走せず、健全な判断をし続けるための“仕組みそのもの” を指します。
どれほど立派な理念や規則があっても、それをチェックし、制御する仕組みがなければ、組織は簡単に歪み、不正や不祥事が生まれてしまいます。
本記事では、
- ガバナンスとは何か、その基本的な意味
- マネジメントやコンプライアンスとの違い
- なぜ法人や企業にガバナンスが欠かせないのか
を、できるだけ専門用語を使わずに解説していきます。
また、前回の記事で解説した「不正が起きやすい法人の特徴」 が、なぜガバナンス不足と深く結びついているのかも整理します。
ガバナンスを理解することは、組織の不正を防ぐだけでなく、「なぜ監査が必要なのか」を理解する第一歩でもあります。
まずは、「ガバナンス」という言葉の正体から見ていきましょう。
ガバナンスとは何か?基本の意味
● ガバナンス(Governance)の本来の意味
「ガバナンス(Governance)」は、英語の govern(統治する・治める) という言葉が語源です。
もともとは国家や自治体などをどう統治し、どう権力をコントロールするかという文脈で使われてきた言葉でした。
この考え方が企業や法人にも取り入れられ、
- 組織を誰が、どのように動かすのか
- 権限は適切に分散されているか
- 暴走を防ぐ仕組みがあるか
といった点を総合的に指す言葉として「ガバナンス」が使われるようになりました。
つまりガバナンスとは、組織を正しい方向に導き、統制するための枠組みを意味します。
● 簡単に言うとどういうこと?
難しく聞こえるガバナンスですが、一言で表すなら次のように言えます。
👉 「組織が独断や不正に走らないためのブレーキ」
会社や法人では、トップや一部の人に強い権限が集中しがちです。
その状態で、
- 誰もチェックできない
- 異論が出せない
- 判断の理由が見えない
という状況になると、たとえ最初は善意であっても、判断は少しずつ歪んでいきます。
ガバナンスとは、そうした事態を防ぐために、
- 権限を分散させ
- 意思決定の過程を見える化し
- チェック役を明確にする
といった 「仕組み」をあらかじめ用意しておくこと です。
重要なのは、問題が起きてから対処するのではなく、問題が起きにくい構造を作ること。
これが、ガバナンスの本質です。
ガバナンスと混同されやすい言葉との違い
ガバナンスは、マネジメントやコンプライアンスと混同されやすい言葉です。
しかし、この3つは役割がまったく異なります。
違いを押さえることで、ガバナンスの立ち位置がはっきりします。
● ガバナンスとマネジメントの違い
まず混同されやすいのが マネジメント です。
マネジメントとは、
- 日々の業務をどう回すか
- 人やお金、時間をどう使うか
- 目標をどう達成するか
といった 「運営・実行」 に関する考え方です。
一方で、ガバナンスはマネジメントそのものを監督・統制する立場にあります。
簡単に整理すると、
- マネジメント:どう動くか(実行・運営)
- ガバナンス:その動きは適切か(統治・監督)
という関係です。
たとえば、経営陣が「売上を伸ばすためにこの方針で進む」と決めるのがマネジメント。
その方針が、
- 法令に違反していないか
- 組織の目的から逸れていないか
- リスクを見落としていないか
をチェックするのがガバナンスです。
● ガバナンスとコンプライアンスの違い
次に、よく並べて語られるのが コンプライアンス です。
コンプライアンスとは、
- 法律
- 規則
- 社内ルール
- 社会的な倫理
を 守ることそのもの を指します。
一方で、ガバナンスは「守らせるための仕組み」 にあたります。
たとえば、
- ルールが形だけ存在している
- 違反しても誰も指摘しない
- 内部告発しても握りつぶされる
このような組織では、コンプライアンスは機能しているとは言えません。
ガバナンスは、
- 誰がチェックするのか
- どうやって問題を発見するのか
- 是正できる権限があるのか
といった 土台部分 を整える役割を担います。
● 3つの関係を整理すると
3つの関係をイメージで整理すると、次のようになります。
- ガバナンス:方向性・監督・統制
- マネジメント:運営・実行
- コンプライアンス:ルール遵守
ガバナンスが弱い組織では、マネジメントやコンプライアンスも形骸化しやすくなります。
つまり、ガバナンスはすべての土台にあたる考え方なのです。
なぜガバナンスが必要なのか?
ガバナンスは、「問題が起きた組織だけに必要なもの」ではありません。
むしろ、組織が成長し、人数や事業が増えるほど必要性が高まる仕組みだと言えます。
● 組織が大きくなると起こる問題
法人や企業は、規模が小さいうちはトップや少人数の判断でスムーズに動きます。
しかし、組織が大きくなるにつれて、次のような問題が生じやすくなります。
- 権限が一部の人に集中する
- 判断のプロセスが見えにくくなる
- 現場の声が上に届かなくなる
- 「前例」「慣習」が優先される
特に問題なのは、誰が最終的にチェックするのかが曖昧になることです。
この状態では、誤った判断があっても修正されにくくなります。
● ガバナンスが弱いと何が起きる?
ガバナンスが十分に機能していない組織では、次のような事態が起こりやすくなります。
- 不正や不祥事が長期間見過ごされる
- 問題を指摘した人が孤立する
- 都合の悪い情報が上がってこない
- 結果として組織全体が大きなダメージを受ける
多くの不祥事は、「悪意ある一人の行動」だけが原因ではありません。
チェックが働かない構造、異論を許さない空気、責任の所在が不明確な体制。
こうした ガバナンスの弱さ が積み重なった結果として、不正や隠蔽が起きているケースがほとんどです。
前回の記事で解説した「不正が起きやすい法人の特徴」 は、まさにこのガバナンス不足と深く結びついています。
ガバナンスは株式会社だけの話ではない
「ガバナンス」という言葉は、上場企業や大企業の話だと思われがちです。
しかし実際には、法人である以上、営利・非営利を問わずガバナンスは不可欠です。
● 非営利法人・公的法人にもガバナンスは必要
たとえば、次のような法人も社会的な責任を負っています。
- 学校法人
- 医療法人
- 社会福祉法人
- 公益社団法人・公益財団法人
- 独立行政法人 など
これらの法人は、株式会社のように株主が存在しない場合も多く、
- 誰が経営を監督しているのか
- 判断が適切かどうかを誰がチェックするのか
が見えにくくなりがちです。
だからこそ、意識的にガバナンスの仕組みを整える必要があります。
● 営利法人と非営利法人で異なるガバナンスの視点
営利法人と非営利法人では、ガバナンスの考え方にも違いがあります。
営利法人(株式会社など)
- 利益を出し、事業を継続することが目的
- 株主や投資家に対する説明責任がある
非営利法人・公的法人
- 公益性・公共性の実現が目的
- 利用者、寄付者、社会全体への説明責任がある
目的は異なりますが、共通しているのは「誰かのお金や信頼を預かっている組織である」という点です。
そのため、
- 意思決定は適切か
- 権限は集中しすぎていないか
- 不正を見逃す構造になっていないか
をチェックするガバナンスは、どの法人にとっても欠かせません。
ガバナンスを構成する主な要素
ガバナンスは、一つの制度や役職だけで成り立つものではありません。
複数の仕組みが組み合わさることで、はじめて機能するものです。
ここでは、代表的な要素を整理します。
● 意思決定の仕組み
まず重要なのが、誰が、どのように意思決定を行うのか という点です。
法人や企業では、
- 取締役会
- 理事会
- 評議員会
など、意思決定を担う機関が設けられています。
ここで大切なのは、
- 一人で決められない構造になっているか
- 複数の視点から議論できるか
- 記録や説明が残るか
といった点です。
意思決定の場が形だけ存在していても、実質的にトップの追認機関になっていれば、ガバナンスは機能しているとは言えません。
● チェック・監督の仕組み
次に重要なのが、決定や業務をチェックする仕組み です。
代表的なものとしては、
- 社外取締役・外部理事
- 監事
- 内部統制の仕組み
などがあります。
チェック役の存在は、不正を「見つける」ためだけではありません。
- 判断が偏っていないか
- リスクを見落としていないか
- 組織の目的から逸れていないか
を確認し、より健全な意思決定を促す役割も担っています。
● 情報開示と説明責任
ガバナンスを支えるもう一つの柱が、情報開示と説明責任 です。
- 決算や活動報告
- 重要な方針や判断理由
- 不都合な情報も含めた開示
これらが適切に行われていなければ、外部からのチェックは機能しません。
情報が閉ざされた組織では、問題は表に出るまで時間がかかり、結果として被害が拡大しやすくなります。
ガバナンスと監査はどうつながるのか?
ガバナンスについて理解が進むと、次に浮かぶ疑問があるはずです。
「仕組みがあれば、本当に不正は防げるのか?」
ここで重要な役割を果たすのが 監査 です。
● ガバナンスだけでは不十分な理由
どれほど立派なガバナンス体制を整えても、それが 実際に守られているかどうか は別の問題です。
- ルールが形骸化していないか
- 意思決定が適切に行われているか
- 報告内容に虚偽や隠蔽がないか
これらは、内部の人間だけでは気づきにくい場合もあります。
ガバナンスはあくまで「正しく動くための設計図」。
設計図通りに運用されているかを確認する仕組みがなければ、時間とともに形だけの制度になってしまいます。
● 監査はガバナンスを支える重要な役割
監査は、
- 業務の実態
- 会計処理
- 法令やルールの遵守状況
を、一定の基準に基づいてチェックする仕組みです。
特に重要なのは、第三者的な視点 が入る点です。
内部の論理や空気に流されず、
- 本当に適切か
- 見落としはないか
を冷静に確認することで、ガバナンスは実効性を持つようになります。
つまり、
- ガバナンス=仕組み・枠組み
- 監査=その仕組みが機能しているかの確認
という関係にあります。
ガバナンスが機能している組織の特徴
ガバナンスが機能している組織には、いくつかの共通点があります。
それは、「問題が起きない組織」ではなく、「問題を表に出せる組織」 だという点です。
● よくある共通点
ガバナンスが機能している組織では、次のような特徴が見られます。
- 意見や異論を言いやすい雰囲気がある
- 意思決定の理由が共有されている
- 役職や立場に関係なくチェックが働く
- 問題が見つかれば修正される
トップの判断が尊重されつつも、無条件に正解扱いされない 点が重要です。
● 「問題が起きない」より「問題が表に出る」
ガバナンスが強い組織でも、トラブルやミスがゼロになるわけではありません。
重要なのは、
- 小さな問題のうちに気づける
- 隠さず共有できる
- 早い段階で修正できる
という循環が回っていることです。
ガバナンスとは、不祥事を完全に防ぐ魔法の仕組みではなく、被害を最小限に抑えるための文化とも言えます。
まとめ|ガバナンスは「不正を防ぐ文化」
ガバナンスとは、単なる制度やチェック体制の話ではありません。
- 組織の判断が正しい方向に向かっているか
- 権限が適切にコントロールされているか
- 不正や誤りを見逃さない構造になっているか
を支える、組織の土台です。
ガバナンスが弱い組織では、不正や不祥事は「いつか起きる問題」になります。
一方で、ガバナンスを意識的に整えている組織では、問題は早期に表に出て、修正されます。
次の記事では、このガバナンスを実際に機能させるために欠かせない「なぜ監査が必要なのか?」 を、さらに具体的に掘り下げていきます。



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