『あの頃の誰か』とは
『あの頃の誰か』は、日本の推理作家・東野圭吾による短編小説集。2011年1月に文庫版として刊行された本作は、バブル期に執筆された作品を集めたもので、著者曰く「わけあり」の内容である。収録作品の一部はこれまで単行本に未収録であり、長らくファンからの出版希望が寄せられていた。特筆すべきは、本作に収録された「さよなら『お父さん』」が、後に東野圭吾の代表作『秘密』の原型となったことである。この短編が、著者自身の納得を得られず長編へと昇華された結果、東野作品が大ブレイクするきっかけとなった。
本書には全8篇が収録され、それぞれ異なるテーマで描かれているが、いずれも巧妙なプロットと意外性のある結末が特徴的だ。2012年には「レイコと玲子」「シャレードがいっぱい」「二十年目の約束」「再生魔術の女」がテレビドラマ『東野圭吾ミステリーズ』で映像化され、視聴者の心を掴んだ。時代の空気感や人間関係の機微を鮮やかに描き出した東野作品の魅力が凝縮された一冊である。
『あの頃の誰か』の あらすじ
シャレードがいっぱい
津田弥生は高級スポーツクラブのプールサイドで、恋人の北沢孝典を待っていた。しかし、待てど暮らせど彼は現れず、不安に駆られた弥生は孝典のマンションを訪ねる。そこで彼女が見たのは、無惨にも命を絶たれた孝典の遺体だった。彼の死には、ある資産家の莫大な遺産相続問題が絡んでいることが明らかになる。さらには孝典が死ぬ間際に残したダイイングメッセージ「A」が事件解明の鍵となる。果たして、この「A」が示す真相とは?
レイコと玲子
秋野葉子が深夜に自宅マンションへ戻ると、自転車置き場に若い女性がうずくまっていた。声をかけると、記憶喪失で何も覚えていないという。心配した葉子は、彼女をしばらく自宅に泊めることにする。しかし、近隣で発生した殺人事件の容疑者の似顔絵が、その女性にそっくりだった。葉子は困惑するが、次第に明らかになる事件の真相に衝撃を受ける。
再生魔術の女
資産家の根岸家に婿養子として迎えられた根岸峰和は、妻・千鶴との間に子供ができないことに悩んでいた。やがて、事情により実の親と暮らせない赤ん坊を養子に迎えることに。その手続きを手伝ったのが中尾章代という女性だった。しかし、章代の背後には驚くべき真の目的が隠されていた。彼女が仕掛けた策略が、根岸家の運命を揺るがす。
さよなら『お父さん』
杉本平介は、ニュースで妻・暢子と娘・加奈江が飛行機事故に遭ったことを知る。暢子は命を落としたが、奇跡的に加奈江だけが助かった。だが、昏睡状態から目覚めた加奈江は、「私は暢子なの」と語り出す。娘の体に宿った妻の魂──信じ難い現実に直面した平介が、選んだ道とは何だったのか。
名探偵退場
名探偵アンソニー・ワイクは、科学捜査の進歩により仕事を失い、助手のヒュー・マーシュと共に過去の事件を振り返る日々を送っていた。ある日、久々の依頼が舞い込むが、それはかつて手がけた難事件を思わせる内容だった。事件を解決したワイクは関係者を集めて推理を披露しようとするが、その場で倒れ意識はあるものの動けなくなる。集まった者たちが独自に謎解きを始める中、ワイクは新たな疑念を抱く。
女も虎も
殿様の妾に手を出した罪で、二つの扉のうち一つを選ぶ罰を受けることになった真之介。一方の扉の先には絶世の美女、もう一方には人喰い虎が待ち構えている。さらに今回は第三の扉が用意されていた。妾に「三つ目の扉を選びなさい」と言われ、その言葉を信じた真之介が見た驚愕の結末とは。
眠りたい死にたくない
憧れの女性に誘われ、有頂天になった筒井。しかし、デート中に何者かによって睡眠薬を飲まされる。薄れる意識の中で筒井は、会社での不正が関係していることを思い出す。彼は眠ってしまうと命を落とすという極限状況で、脱出を試みるが…。
二十年目の約束
村上照彦の「子供を作らない」という条件を受け入れて結婚した亜沙子。だが、海外生活の孤独が募り、彼女はついに自殺未遂を起こす。夫と帰国した亜沙子は、二十年前のある事件に触れることになる。その事件が夫の抱える秘密と、子供を作らない約束の背景にあった。
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