「病院って株式会社じゃないの?」「医療法人ってなにが特別なの?」──
そんな疑問を持つ方は多いはずです。
病院は人の命を扱う公共性の高い事業であるため、他の企業とは異なるルールが求められます。
そこで登場するのが「医療法人」。
医療の質を確保しつつ、安定的な運営を可能にするために作られた“特別な法人形態”です。
この記事では、医療法人の仕組みから、病院が株式会社ではなく医療法人として運営される理由まで、わかりやすく解説します。
医療法人とは?
医療法人とは、「医療法」という特別な法律にもとづいて設立される“非営利の法人”です。
主な目的は、病院・診療所・介護施設などを安定して運営し、地域に継続的な医療サービスを提供すること。
株式会社のように利益を株主へ分配することは認められておらず、医療の質と公共性を守るための仕組みが組み込まれています。
医療法人が誕生した背景には、個人経営の病院では資金や人材を確保しにくく、医療の質が安定しないという課題がありました。
そこで、「法人化」によって経営基盤を強化し、より良い医療を長く提供できるように仕組みを整えたのです。
● 医療法人の定義
医療法人とは、次のような特徴を持つ法人です。
- 医療法によって設立・監督される
- 病院・診療所・介護施設などを運営することが目的
- 利益の分配(配当)が禁止されている
- 公共性が非常に高く、行政の監督が強い
つまり、「医療サービスを安定して提供する」ことが最大の目的であり、営利追求はしない形態という点が大きな特徴です。
● 医療法人の種類
医療法人には主に次の2つの形があります。
🔶 社団医療法人
複数の医師等が集まって設立する一般的なタイプ。
現在の医療法人のほとんどがこの形です。
🔶 財団医療法人
寄付や財産をもとに設立されるタイプ。
病院よりも施設系(老人ホームなど)に多い形式。
さらに、医療法人には歴史的に 「持分あり」 と 「持分なし」 という区分がありました。
- 持分あり医療法人:出資した人が持分を保有し、解散時にはその割合に応じて財産が戻る仕組み。
→ しかし「私有化」「相続トラブル」が問題化。 - 持分なし医療法人:残余財産は国や自治体など公共のものに帰属。
→ 透明性・公共性が高い。
現在は 新規設立は“持分なし”のみ となっています。
● 医療法人のガバナンス(運営管理)はどうなっている?
医療法人には、株式会社とは異なるガバナンス体制が求められます。
- 理事長が法人全体の運営責任を負う
- 理事会の設置が義務(株式会社の取締役会に近い)
- 監事がいて運営のチェックを行う
- 毎年、事業報告書などを行政へ提出する義務
医療の質や安全性に関わるため、一般企業よりも監督の目が強く、透明性の高い運営が求められています。
なぜ病院は株式会社ではないの?
「企業と同じように、病院も株式会社として運営すればいいのでは?」と思う人は少なくありません。
しかし、医療は他の産業とは違い、“命を扱う公共性の高いサービス”です。
そのため、利益を追求する株式会社の仕組みでは不都合が生じる可能性があり、法律の仕組みとして医療法人という特別な形が採用されています。
ここでは、病院が株式会社ではなく医療法人として運営されている理由をわかりやすく解説します。
● 営利目的の医療は社会的に問題が生じやすいから
株式会社の目的は「利益を増やすこと」。
これは一般企業では当然の仕組みですが、医療においては次のような懸念が生まれます。
- 不必要な検査や治療を過剰にすすめてしまう恐れ
- 高額な自由診療を優先し、保険診療が軽視される
- 経営判断が“患者の利益”より“利益率”に偏りやすい
医療は本来、「最適な治療を公平に提供する」ことが最優先です。
利益第一になると、この原則が崩れるリスクが高くなってしまうため、病院の営利化には慎重な姿勢が取られています。
● 医療は“社会インフラ”としての役割が大きい
医療機関は、電気や水道と同じように生活に欠かせないインフラです。
地域によっては病院が一つしかない場合もあり、その病院が営利目的で急に撤退したり、買収されたりすると地域医療が大きく揺らぐことになります。
もし株式会社だと──
- 赤字になれば撤退してしまう可能性
- 外国資本や投資会社による買収リスク
- 医療が“株価の材料”として扱われてしまう
といった問題が生じ、地域全体の医療体制に悪影響が出る可能性があります。
医療法人は公共性が高く、簡単に「儲からないから閉院します」とできない仕組みが整えられています。
● 医療法人は法律によって強い規制がかけられている
医療法人が株式会社と大きく違うのは、法律による“制限の強さ”です。
🔶 医療法人の主な規制
- 剰余金の配当禁止(株主に利益を分配できない)
- 行政の厳しい監督(計画書・報告書の提出義務)
- 医療機関としての設備基準を満たす必要
- 患者の安全確保が最優先
株式会社では株主への利益還元が最重要ですが、医療法人では「医療を継続して提供すること」が最優先となるよう制度設計されています。
● 株式会社化すると医療の安定性が失われる可能性
医療機関が株式会社になると、
- 投資家の意向で経営が左右される
- 短期利益を優先する経営が行われる
- 医療の価格を自由に設定して高額化させる恐れ
など、医療サービスが不安定になる可能性があります。
そのため、国は医療機関の「株式会社化」を原則認めていません。
医療法人のメリットとデメリット
医療法人は、病院やクリニックの経営を安定させるために設計された法人形態です。
しかし、メリットばかりではなく、法人化によって生じる制約やデメリットもあります。
ここでは、医療法人が持つ利点と、その一方で抱える課題をわかりやすく整理します。
● 医療法人のメリット
① 経営基盤が安定しやすい
患者数に波があっても、法人化することで資金管理がしやすくなり、大規模な設備投資や人材確保が行いやすくなります。
② 節税効果が期待できる
個人開業医に比べ、法人化することで役員報酬や経費の扱いが柔軟になり、節税につながるケースがあります。
法人税率が安定している点もメリットです。
③ 後継者への承継がスムーズ
個人事業のままだと、医院の承継には設備や契約など多くの課題が伴います。
医療法人化しておくことで、法人ごと後継者に引き継ぐことができ、事業継続がしやすくなります。
④ 社会的信用が高い
医療法人は行政の監督が強いため、金融機関からの借入がしやすく、取引上の信用度も高まります。
● 医療法人のデメリット
① 自由度が低くなる
医療法人は営利目的ではないため、株式会社のように自由な事業展開はできません。
収益を出しても配当できず、利益はすべて医療の提供に再投資する必要があります。
② 行政手続きが増える
毎年の事業報告、計画書提出、財務諸表の公開など、行政への提出書類が多く、運営には手間やコストがかかります。
③ 外部からの出資が受けられず、資金調達がしにくい
医療法人は株式会社と違い株式を発行できません。
そのため投資家からの出資を受けることができず、事業拡大や設備投資の際には主に銀行融資に頼ることになります。
④ 経営改善が進みにくい場合も
利益分配ができず、株主のような外部監視が弱いため、法人内部の体制によっては経営の透明性や効率化が遅れるケースもあります。
このように、医療法人には「安定的に医療を提供できる」という大きなメリットがある一方、営利法人にはない制約も多くあります。
医療の公共性を守るための仕組みであることが、これらの特徴に表れています。
医療法人の資金はどこから来る?
医療法人は株式会社のように株式で資金を集めることができません。
そのため、病院の運営や設備投資、人件費といった大きな経費をまかなうために、独自の資金源と仕組みを持っています。
このセクションでは、医療法人がどのように資金を確保し、どのような財源で成り立っているのかをわかりやすく解説します。
① 医療収入(診療報酬)が中心
医療法人の主な収入源は、患者の治療に対して支払われる 診療報酬 です。
- 保険診療は全国一律の「公定価格」
- 自由診療(美容医療など)は施設ごとに価格を決められる
医療機関の大部分は保険診療が中心のため、実質的に「国が決める価格」によって収入が決まります。
そのため、急に大きな利益を出したり、料金を自由に値上げすることはできません。
② 補助金・助成金(医療設備などの支援)
医療機関は、国や自治体からの補助金・助成金を受けられる場合があります。
- 医療機器の購入補助
- 地域医療を担う病院への運営支援
- 介護・福祉との連携事業の補助
しかしこれは常に受けられるわけではなく、要件や申請が必要で、金額も限定的です。
③ 銀行などからの融資(借入金)
設備投資には多額の費用がかかるため、医療法人は 金融機関からの融資 を活用することが一般的です。
- 医療法人は信用度が高く、融資制度が比較的整っている
- 新規開業や増築には数千万円〜数億円規模が必要
- 資金調達の柱は“借入”になることが多い
医療法人は外部出資を受けられないため、事業拡大時の資金調達は主に融資に依存することになります。
④ なぜ資金繰りが安定しにくいのか?
医療法人は安定した印象がありますが、実際は資金繰りに苦労するケースも少なくありません。理由は次の通りです。
🔶 診療報酬の支払いが遅い
保険診療の請求は、提出 → 審査 → 支払い の流れがあり、実際にお金が入金されるまで1〜2か月のタイムラグ がある。
🔶人件費の負担が大きい
医師・看護師・技師など、専門人材が多く、給与水準も高い。
🔶医療設備は高額
MRIやCTなどの導入には数千万円〜数億円が必要。
🔶公定価格で利益率が低くなりやすい
保険診療中心では、自由診療のような高収益は見込めない。
医療法人は「公共性の高い事業」であるがゆえに、資金調達の自由度が低く、収入も国の制度に左右されやすい形になっています。
医療法人は資金難になったらどうなる?
医療法人は、地域医療を支えるために「できるだけ継続して運営する」ことが前提に作られています。
しかし、経営が悪化して資金繰りが限界になるケースもあり、その場合には一定のルールに基づき解散や承継が行われます。
ここでは、医療法人が運営できなくなった場合にどうなるのか、病院の解散条件やその後の流れをわかりやすく解説します。
① 医療法人が解散する主な条件
医療法人は、次のような場合に解散することが定められています。
🔶 法令に基づく解散理由
- 破産
- 解散の決議(社員総会など法人内部の決定)
- 行政の解散命令(重大な違反がある場合)
- 医療施設が継続不能になったとき
病院は特殊な社会インフラであるため、「利益が出ないから辞めます」と簡単に廃止できるものではありません。
行政の監督の下で、地域医療への影響を最小限にするよう配慮されます。
② 解散時の“残余財産”はどうなるの?
医療法人の特徴として、解散しても関係者が財産を分配できないという大きなルールがあります。
- 株式会社 → 残った財産は株主に分配される
- 医療法人 → 公共性が高いため、残余財産は国・自治体・他の医療法人に帰属
このルールは「医療を私的な利益に使わせない」という考え方にもとづいています。
③ 病院が経営破綻した場合の一般的な流れ
医療機関が資金難になっても、いきなり病院が閉鎖されるわけではありません。
地域医療を崩壊させないため、次のような措置が取られます。
1. スポンサー医療法人による承継
別の医療法人や自治体病院などが、病院運営を引き継ぐケースが多い。
→ 医療を止めずに継続できる。
2. 行政による支援や調整
地域医療に欠かせない病院の場合、自治体が協力し、運営を移管するための調整が行われる。
3. 診療科の縮小や再編成
完全閉院ではなく、経営が成り立つ範囲で規模縮小して継続することもある。
4. 最終的に閉院するケースも
どうしても再建の道がない場合は閉院となるが、その際も患者の移行支援がセットで行われる。
④ 医療法人が“簡単に倒産しない理由”
- 地域医療への影響が大きいため、行政が強く関与する
- 他法人が承継するケースが多い
- 一般企業の倒産とは手続きも考え方も大きく異なる
「医療を止めないための制度設計」がされている点が、医療法人の大きな特徴です。
医療法人と一般社団法人・一般財団法人との違い
医療法人は“非営利法人”という点では、一般社団法人や一般財団法人と共通しています。
しかし、実際の性質は大きく異なり、医療法人には医療を安定して提供するための特別な規制が数多く存在します。
ここでは、非営利法人どうしであるにもかかわらず、なぜ医療法人が独自の扱いを受けているのか、3つの観点から違いを整理します。
① 非営利である点は共通している
医療法人も一般社団法人・一般財団法人も、「利益を構成員に分配しない(=非営利)」 という基本ルールは同じです。
- 剰余金を配当してはいけない
- 利益は事業に再投資する
- 公共性のある活動を目的とする
この部分だけを見ると同じグループに見えますが、医療法人は“医療”という特殊な性質を扱うため、ここから大きく道が分かれます。
② 医療法人は「医療法」による強い監督を受ける
一般社団法人・一般財団法人は、比較的自由に活動の目的を決められます。しかし医療法人は法律で活動内容が厳密に定められています。
🔶 医療法人の特徴
- 活動目的は 医療の提供に限定
- 行政へ毎年報告書を提出する義務
- 経営が不適切な場合は指導・改善命令
- 設備も人員配置も法的基準を満たす必要がある
医療の安全と質を守るため、一般の非営利法人とは比べものにならないレベルで、運営にルールが設けられているのが大きな違いです。
③ 医療法人は「公共性の高さ」が最優先に設計されている
一般社団法人や一般財団法人は、一定の社会貢献を目的としますが、医療法人はそれ以上に強い公共性が求められます。
医療法人では…
- 解散時の残余財産は国や自治体・他の医療法人へ
- 医療サービスを止めてはいけないという発想が根底にある
- 地域医療を維持するため、行政が深く関与する
つまり、医療法人は「社会インフラを担う組織」として制度が作られており、一般社団法人・一般財団法人よりも“使命が固定されている”と言えます。
④ 目的の自由度が大きく違う
- 一般社団法人・一般財団法人 → 目的は自由
(スポーツ振興・地域活動・学術支援・イベント運営など幅広い) - 医療法人 → 目的は医療のみ
(病院・診療所・介護施設の運営など)
この違いは運営の柔軟性に大きく影響します。
医療法人は医療に専念する代わりに、強い規制を受ける仕組みになっています。
まとめ
医療法人は、営利よりも“医療の質と継続性”を守ることを最優先にした特別な法人です。
病院が株式会社ではなく医療法人として運営されている背景には、公共性の高さや地域医療を守るという重要な使命があります。
もし医療機関の仕組みや法人制度をより深く理解したいなら、「なぜこの制度が必要なのか」という視点で見ると理解が一段と深まります。
医療法人の役割を知ることは、私たち自身の医療の安全と安心につながるはずです。



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